くろ

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私は警戒した。
蠢く者が そこにあったからだ。

なんの音も立てなかった
息も、衣擦れの音もしない
ただ、蠢く者がそこにあるという事だけが 解かった。

蠢く者は、息を殺してこちらの様子を伺っているようだ。

私も同じように息を殺す。

じっくりと、めいいっぱい、零れ落ちそうなほど瞼を見開くが、
闇色しか、そこには見えなかった。

朝が来て、夜が来て、そしてまた雨の朝を向かえ、雷が落ちても
この場所に光が届くことはなかった。

どこからか
生暖かい 温度か、風が、ぞろりと肌をなであげる。

鳥肌が立つ。
これは、奴の臭い息だろうか。
もしかしたら、虚無とか、餓鬼とか、そんな得体の知れないものではないだろうか。
それならば、逃げねばなるまい。
私は、引きずるように長い、私の黄ばんだ服の裾を、のっそりと時間をかけてたくし上げる。

奴はじっと、こちらを見ている。

ふと、奴は腰を屈めているような気がした。
短距離走のスタートランナー
または、獲物を狩る肉食動物

そんな格好をして、こちらに、今、まさに飛び掛らんとする奴が見えた。

私は怖気づいて、今まで苦労してたくし上げた裾元を、危うく手放しそうになってしまった。

そこからはもう、私が闇か、闇が私かも区別がつかなくなるくらいの時間、じっとしていた。




どれくらいこうしていただろうか。

朝が来て、夜が来て、そしてまた雨の朝を向かえ、暗雲立ち込める外は、雷雨のようだ。
不思議と飢えも渇きも、感じはしなかった。
恐らく、私自身が、それを満たす 『食料』 だからだろう。


私は、音を立てずに、出口があると思われるほうににじり出す。
ゆっくりと、慎重に、じっくり時間をかけて、小指を開いて、また縮める

その距離分づつ、移動を繰り返す。
一時間に5ミリは動けているだろうか

生ぬるい風が、幾度も私の肌をぬらりと舐めた
そのたびに、移動をやめ、座り込み、もうここまでと倒れこもうと思った

音を

音を立ててしまおうと

叫びを

叫びをそこら中に撒き散らしてしまおうと

気が違えたら楽になると、幾度も思った

しかし私は歩みをやめることも、音を出すこともしなかった。

ここから出たら、のどを潤す美しい朝露
足を和らげる、緑の海原
新緑の中の静寂 泉で体を清め
そこに成るブドウで、飢えを満たす


そんな当たり前の日常に 帰ることを決して諦めてはいなかった。

外からは、ふくろうの声が聞こえてきた。
すでに外も、漆黒の闇に包まれているのだろう。
私の記憶が正しければ、今宵は満月だ。

狼の遠吠えすらにも、無き縋りたくなるほどの孤独を感じる。

もう、目は閉じているのか、開いているのかすらも解からない。

もし目が閉じているのなら、このまま眠りに落ちてもいいかもしれない。








気がつくと、私は床に倒れていた。




今までの、どの恐怖も、この時の恐怖には及ばない。






私は生きているのか、死んでいるのか、
右足は、左手は、目は、声は、


何もかも、無事である保証は無く、確かめようもまるでなかった。


暗闇に蠢く者のほうに目を向ける。
あたりには何かがいる気配は感じられなかった。

むくりと半身を起こす。

初めて大きく深呼吸をした。


かび臭い、いつもの地下室の匂いが、鼻腔に届く頃には、私は声を上げた笑っていた。

助かったのだ。

助かったのだ。

ついに、あの暗闇に蠢く者は去っていった。

そう感じたら、急に腹が減ってきた。
私は、そのばに立ち上がり、出口を探し始めた。


さて、出口は、どちらにあっただろうか。


暗闇を、手探りで移動する。


ふと、頬を・・・・・・、生暖かい風が、どろりと撫でた。

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by nmeg | 2007-08-29 13:17 | 漆黒  

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